今日から夏休みだ。
心が躍る、体も思わずダンスしそうになるくらい嬉しい、夏休み。
俺は今、高校の終業式を終えた。
「え〜、皆さん、夏休みは決して遊びではありません」
担任が言っているが、誰もそんなことは聞いていない。 大体『夏休み』というくらいなのだから『休み』じゃなければおかしいと思う。
そんな下らない事を考えているうちに、終業式は終わった。



俺は気がついたら学校を飛び出していた。そして、叫んでいた。
暑い校庭の木々たちにとまった蝉たちが妙にうるさい鳴き声をあげている。
ほんとに洒落になんないくらいの暑さだ。グラウンドに陽炎が浮いてるよ・・・・・・
「やっほぉ〜!休みだぁ!!」
一人で叫んでいた、それを見て、俺を避ける人が何人かいたが、俺はそんなことは気にしない。所詮は他人なのだ、気にしてたらこっちが損をする。
そして、俺がしばらく幸せに包まれながら目を線にして学校の校門で佇んでいると、一人の人間が話し掛けて来る。
「なぁーにやってるの?聖太」
かなり、なれなれしく話し掛けて来たのは学校中のアイドル、クラスのマドンナ、二つの異名を持つスーパー完璧美少女高校生、早瀬美羽(はやせみう)だ。
正直、完璧な女だと思う。なんでこんなに完璧な人がいるの?と問いただしたくなるぐらい。
性格は活発で明るく、誰でも優しい。顔は小さくかなりの美貌の持ち主だ。髪の毛は茶色で綺麗でしかもつやつやさらさら、触りたいって感じの髪質だ。ちなみに美少女にお約束の成績優秀までか備えている。
でも、一つだけ・・・一つだけ駄目な部分が、美羽にはある。
それは俺と”幼馴染”なところだ。
なぜ駄目かというと・・・・・・それはもちろん、小さい頃から一緒にいるわけで、悪いところも当然、うんざりするくらいに見えてくる。 たとえばこいつは実は『掃除が苦手』なのに『潔癖症』だとか、ちょっとした悪い部分が大量にあることを知っている。現にこの前、俺の部屋へ無断で断りもなく、しかもノックもせずに進入してきたうえに『汚い!!』とか叫んで掃除し始めた時もある。しかも逆に散らかってたりするから堪らない。
積んであった本を倒したり、埃が溜まっている場所を雑巾で拭かず、いきなり箒ではきはじめたり・・・とにかく、要するに掃除が下手なのだ。手際も、物凄く悪い。
と、まあ。特に目立つ悪い部分はないのだが、基本的にいつも一緒にいると『ウザい』というのがまず最初に感じ始める。現に俺はいっつも付きまとわれてウザいと思うときもしばしばある。
ましてや『女の子』に付きまとわれていると、なにかとクラスの男子が噂を流し始めるから余計に離れたくなるのも事実だ。 とりあえず、今は嬉しい気分なのでちゃんとした返事を美羽に返しておく。
「太陽が俺を呼んでいる!! 美羽! こんどの日曜! 空いてるか?」
ちゃんとした返事かどうかはともかく、俺は美羽を海に誘うつもりだった。
別に下心や恋心でもない、せっかくの夏だから、海に行きたいと思っただけだ。だけど男一人で海に行っても悲しいだけなので、とりあえず『美女』の部類に入る女子でしかも手軽に誘える美羽を誘ったのだ。いうなれば、一人じゃ寂しいからオマケを連れて行こう。ということである。
「えーっとね、返事、明日まで待って!習い事とかあるかも知れないから」
そういえばそうだ、美羽は結構な量の習い事をこなしている。
ヴァイオリン教室、ギター教室、その他音楽系、etc・・・
本人は将来、音楽関係の職に就きたいと言っているが、そこまで努力しなくてもいいと俺は思う。
自分でいうのもなんだが、俺はかなりの不精者である。美羽のように努力するなんて事はとてもじゃないけど真似できそうにない。
「い、いつもながら大変そうだな、体、壊すなよ」
そういうと、美羽は苦そうな顔で少し笑った。
「えへへ・・・でもたぶん大丈夫だよ」
俺は毎日フリーでのんきな人生を過ごしている。というかこれが俺の生き方なのだ。
毎日を頑張って過ごしている美羽を見ていると、自分と全く別次元にいることが自覚できる。
苦虫を噛むような思いで、俺は美羽に言った。
「なぁ、美羽。塾休んじゃえよ。せっかくの夏なんだからさ、一度くらいは神様も許してくれると思うぜ?」
断られると思った。普段から真面目な美羽が、こんな誘いを受けるはずがない、ましてや遊びのために休むなど、言語道断といえるだろう。
だが、返事は予想と大きくはずれ、良い方向へと転がり込んだ。
美羽はしばらく頭を悩ませる動作をした後、軽く手をぽんと叩き。そしてこちらを向きながら。
「・・・サボっちゃおうかな?」
珍しい。美羽は普通、冗談も言わないタイプだ。その美羽がこんなことを言っているのは本当に珍しい。
急いで俺はその美羽の言葉を煽った。
心の中で『マジで!?』と言う声をあげてる自分がいるのは少し変な話だが、ナンパに成功した若者の気持ちによく似てると”マジ”で思う。
まぁ相手は美羽だが・・・・・・
「そ! そうだよ! 塾は夏が終わってからでも行けるだろ! サボっちまえ」
「うーん・・・どーしよ・・・」
決断が鈍いのも美羽の悪いところかも知れない。良く言えば慎重な性格。
なんか焦らされてる気がしてモヤモヤする。それと同時になんで美羽を誘うのにこんなに冷汗を掻いているだろう?
それ、もう一分張りだ俺! ジャブ! ジャブ! ストレート!!
「はよ決めろ! はっきり言うぞ! 俺はお前と海に行きたい、お前も海は行きたいと思ってるが、塾には行きたくないと思ってる筈だ!なら取るべき道は一つ!!俺と一緒に太陽に向かって走ることだ!!」
・・・・・・決まったぜ
だいぶ話を逸らした気がしたが、とりあえず伝えたいことは伝わったはずだ、なんにせよ、美羽は幼馴染だから、俺が言う事の半分以上が理解できるだろう。
「・・・・・・うん、いいよ。海、行こ!」
やっと決心したらしい。俺は心が躍るような気持ちになった。
やった。初めて美羽を塾から解放して遊びに誘うことに成功した。
まさに初勝利の爽快感というのだろうか?妙な達成感を抱きながら、しばらく幸せに浸っていた。
「聖太? いつまでここにいるの?」
そういわれて我に帰る。
「あ、すまん、それじゃ、一緒に帰るか?」
美羽と俺の家は隣同士だから一緒に帰らない理由がない。
笑顔で美羽は答えてくれた。
「うん! 帰ろう」



帰り道、ふと夕焼けに染められた美羽の顔を見ながら考えた。
恋人とも、友人とも言えない、けど確実に近い存在。早瀬・・・・・・美羽。
一緒にいると「ウザい」のに、なぜか分からないけどいつも一緒にいる。
改めて、自分は美羽のなんなんだろうと自問自答、でも回答は得られず。
「ん? 私の顔になにかついてる?」
じっと顔を見られているのが気になったのか、美羽はそんなことを言う。
「ん・・・・・・いや、なんでもない」
ただ見てただけなのに、気恥ずかしい。
「そう、ならいいんだけど・・・・・・」
そのまま、黙ったまま歩き続けた。
「ねえ、聖太」
ふいに美羽が口を開いた。
「ん? なんだ」
そういい、俺と美羽は歩いていた足を止める。
「聖太はもし、人間以外の生き物になれるとしたら、何になりたい?」
質問の意図が分からなかったが、とりあえず答えておいた、シカトするのも可哀相だから。
「ナマケモノ。理由、楽だから」
そういうと美羽はくすくすと笑い出した。
「へぇー、聖太らしいね」
「そういうお前はなんなんだよ?」
そういうと美羽は自分の唇に一指し指を当て、片目でウィンクをする仕草をしながら答えた。普段は俺も見ないかわいい仕草だった。
「私? 私はねぇ・・・・・・ふふっ」
「な、なんだよ。早く言えよ」
「えへへー」
なんか分からないが、不自然なくらい笑っている。
「茶化すな、言え」
「ひ・み・つ」
「ウザァ!!」
お決まり文句をだされて、メッチャ気になる。
「まぁまぁ、秘密は秘密のままが一番たのしーんだよ♪ 知っちゃったら、これからの聖太の人生は幸せポイント減点だよ」
なにっ!? そんなに引かれるのか!? い、一体どんな動物になりたいんだこいつはっ!?
まさかドラゴンになりたいとかは言い出さないよな・・・・・・いた、美羽のことだから大好物のウマボー(生き物ではない)になりたいとか言い出すかも知れない。こいつはそんな奴だ。
「・・・・・・お前って、末恐ろしい奴だな」
「へっ?」
ヘの字に口を開く美羽の顔は目が点になっていた。
「あ、いやなんでもない、こっちの話」
単にこっちの妄想が暴走していただけの話だった。
「それにしても、どういう心変わりなんだ?」
「え、なんのこと?」
「塾、サボるって話」
考えて見れば今まで一度もサボったことがない人間が急にサボるってのも不思議な話だ。きっとなにか理由があるんだろう。
「ああ、なんでもないよ・・・・・」
と言って置きながら、美羽は表情を曇らせるから分かり易い奴だ。
「・・・・・・お前、なぁ〜んか、隠してるな?」
「え、ええ? そんなことないよ」
嘘なのはバレバレだった。ある意味、ここまで見え透いた嘘も珍しい。
パーフェクト少女の弱点の一つだ。ある意味、素直で長所にもなる。
美羽は俺に隠し事をする時には”必ず”と言っていいほど、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
いつもそうだ。面倒臭いコトにぶち当たると、助けを求めず、一人で抱え込んで。挙句の果てに自己完結する。
今までにそんな痛々しい美羽のことを何度も見てきた。
そして『天才』じゃない俺は、そんな美羽の大きすぎる問題などには助けになれないことも知っている。
それは長年、付き合ってきていているのに悲しい事実だった。
「よかったら、理由、話せよな」
気の利いた言葉がでてこないのは、幼馴染を相手に優しくするのは少し恥ずかしいから。
笑った顔も怒った顔も泣いた顔も悩んだ顔も、全部知っている人の心に触れるのは、ある意味ものすごくムズ痒い。
だから、引っ掻く。
「・・・・・・」
歩く足と止めて、真剣な面持ちで俺と向かい合う。
傍目から見たら、夕日に照らされた若いカップルが互いに見つめあってるとでも言うんだろうか。
「―――私ね、もう嫌なの」
「なにがだ?」
「私のお父さんは、それなりに有名な音楽家なのは知ってるよね」
「ああ、確か外国でイロイロやってることは美羽の小母さんから聞いたことがあるな」
「それでね、お母さんは私にこういうの『あなたはお父さんの名前を汚さないように、立派な音楽家になるのよ』って」 これ以上先のことは大体分かる。
つまりお父さんの名に恥じないような立派な音楽家になれ、それ以外の職業は母さん認めないぞ、ということだろう。 ありきたりの話だ。聞く方もつまらない。
「獣医さんになりたいだ。ほんとはね」
「なるほど、毛むくじゃらの生物たちと楽しく暮らしたいわけか、なんか美羽らしい夢だな」
そういえば、ずっと前に学校の図書室で動物図鑑を読んでるところを見たことがある気がする。
妙にマジメに凝視してると思ったら、そんな理由があったのかと今、疑問が溶けた。
「それで、お母さんが行け〜っ!って命令した塾に縛られて生きたくないと?」
こくん、と純粋に頷く。
それにしても、天才の美羽が抱える問はやっぱり、デカかった。
でも、聞いてしまったからにはなんらかの形で助けてあげないと、男が廃るだろう。
いや、もう廃れてるけど、これ以上ダメ人間になると世間一般的に”廃人”って呼ばれちまう。
そして俺は、一つの『とんでもない』提案を思いつく、なぜこんなことを思いついたのかは分からない。インスピレーションとでも言うのだろうが、
後に考えるとこの場合はあまりいい考えではなかった。どちらかと言うと邪念思考。
「俺の家。来るか?」
アレ? なんで俺、アホなコトイッテルンダロウ?
・・・今日は俺の頭がおかしいのかも知れない。
いろんな意味で。
あくまでも力になりたいって気持ちで思いついた考えだったが、後に俺はこの発言の問題の多さに気づいて赤面することになる。
大胆発言勃発、これによって美羽は赤面する。当たり前だ。赤面しなければ場慣れしているということだろう。つまり他の男と・・・
いけないいけない、あらぬ妄想をしてしまった。美羽に限ってそれはない。学校で別名アイアンメイデン(鉄の処女)とまで言われている美羽がそんなことしたら一躍、学校中の大騒ぎだ。
美羽の顔が夕日に照らされている、赤面しているのも少しだけ紛れて、話しやすいだろう。
「え? ・・・あの・・・それって?」
―――どういう意味? 聞くな。と俺の頭で叫ぶ。
言ってしまったからにはしょうがない。やけくそで俺はいう。
「泊まりに来い。俺の家に。家賃無料、何ヶ月でもOK。着替えは自分の家から持ってくる。食費は俺の家が負担する。その代わり家事(掃除以外)を手伝え、俺の両親、不器用だからな」
俺は恥ずかしいので一言で言い切った。断られる可能性大。心臓はドキドキ中だ。
やばい、マジで恥ずかしい。しかもこのことがクラスの奴らに知られたら・・・考えただけでも恐ろしい。
しばらくの間、美羽は放心していた・・・ぽ〜っとした表情で、まるで夢を見ているかのような空ろな眼差しで。
試しに美羽の眼前で手を上下に振ってみる。反応がなかったら危険の赤信号だ。
「おーい、美羽?」
聞こえたらしい、美羽はハッとした表情で我に帰った。
「あ、ごめん。私、聖太の小父さんと小母さんの許可ないのに、家に泊まりに行っていいの?」
それについては余裕で大丈夫だった。つい最近、美羽が深夜、俺の部屋に入って来て一緒にゲームをしているところを母さんに見つかったことがある。だけど全然怒られなった。そのかわり母さんは妙な言葉を残してそそくさと部屋から退散していく。その言葉とは『泣かしちゃ駄目よ?』だ。
母さんはなにを考えているのか分からないが、頼むから余計な誤解はしないで欲しい。
後、近所の人たちにバラすのも禁止事項だ。
もっとも、母さんは『そこんとこ』は分かっているらしく、ちゃんと秘密にしている。以心伝心か。
さすがにあの時は少しだけ俺も焦った。若い高校生男女が一緒の部屋でしかも深夜、一緒にゲームをしている。それがゲームじゃなくて『そっち』系のDVDとかだったら、恐らく相当やばい方向へと進んでいただろう。俺も男だ。いつ野獣と化すかは分からない。
今頃に子どもでもできているだろうか。
そんなわけで多少、問題があるが、両親の方は楽に黙認してくれるだろう。部屋に聞き耳ぐらいは立てられそうだが。
「んなこと気にしないでいい、来るか来ないかは美羽の自由だ。だけど考えてみろ、美羽が欲しかった『自由』があるのはどっちだ? 俺の家は学校さえ行ってれば塾はサボってもいい、そんな教育方針の家だ。悪く言えばいい加減な家なんだが、夏休みを最大限に活用できる絶好の本拠地だと思うぞ。それに対して美羽の家はどうだ? 確かに俺の家より広くて豪華で料理も美味いし、風呂もデカイが、さっき聞いた話だと『自由』が全くないだろ? それにそういう頑固な親は、わざと少し離れて寂しい思いをさせた方が効果的なはずだ。まあ、離れるって言っても家が隣だから余裕でいつでも会えるけどな」
いっぺんに、吐き出した気がした。自分はどうして必死に美羽を誘おうとしているのか分からない。
力になりたいからとピュアな気持ち。
男性の性欲による衝動。
自分でも分からない。
「で、でもね、塾から休んだって連絡が入ったら、お母さんにバレちゃうよ?」
「お前はアホか? どうせ将来は獣医だろ? 音楽塾なんて行く必要ないんだから、こっそり辞めちゃえばいいんだよ。後は知り合い全員に口止めの電話とメール、お前ほどの人気があれば容易いべ?」
我ながら周到な計画だ。ちょっとだけ誇らしかった。
「・・・本当に良いの?私、迷惑かけるかも知れないよ?」
「大丈夫だ、そこらへんは『幼馴染』ってことで眼を瞑ってやる」
そう俺が言うと、美羽はやっと暗い表情を晴らした、顔には少し嬉しそうな笑みを浮かべている。
「うん!それじゃ、今日は帰ってから仕度して聖太の家に行くね!」
どんな人間も悩みは抱えるんだ。それは美羽とて例外じゃない。
そして俺はそんな美羽の力になれた。それだけが、何度も心の中で充実感を沸き起こした。
俺と美羽は笑顔のまま、他愛のない会話を何度か繰り返し、帰路に付く。
夕焼けが俺たちの背を赤く映し出してた。



俺は一階の洋室でくつろいでいた。美羽が来るまでに部屋などを掃除したり、色々とやることはあるのだが。俺が母さんに美羽がしばらく泊まることを話すと、『あんたは何もしなくていいから座ってなさい!』といい。テキパキと空き部屋の掃除を始めたのだ。無論、俺も手伝うといったが、世話焼きな母さんは『いいからいいから、今夜は赤飯だね』などと意味深なことを言って俺は無理やり、くつろがされている。完っ全に誤解しておられる様子。
ぴんぽーん。
家のインターホンが家中に響き渡る。
美羽が来た。ただそれだけだ。だけど・・・妙にドキドキする。
考えてみれば俺が女の子を家に誘ったのは初めてだ、いつもは美羽のほうが勝手に入り込んでくる。だが今回はこちらから誘ったのだ。緊張するのは当たり前なのかもしれない。
俺は高鳴る胸の鼓動を抑えながら玄関の扉を開けた、そこにはもちろん・・・美羽がいる。しかも笑顔で。
「こんばんわー、聖太」
私服姿の美羽。いつもながら似合っていると思う。
シンプルな上着に女の子らしいスカート。これだけの装備でかなり映えるのは美羽の美貌ならではの事だろう。正直、俺とつりあってない。俺はただの平凡やる気なし高校生、それに対して美羽は完璧美少女&成績優秀という・・・あまりにもつりあわない。
「あ、ああ。とりあえず、入れよ」
少しぎこちない言い方になってしまった。でもとりあえずその場をつくろうためにさっきまで俺がいた洋室に案内し、俺は何か飲み物を注ぎに台所へと向かう。
「麦茶とコーヒーとオレンジジュース。どれが良い?」
「オレンジが好き♪」
「はいよ!」
なぜか調子に乗ってきた。理由は分からない、少しヤケになってるのもあるだろう。この勢いで妙にムラムラしてしまわないコトを祈る。
あまり、美羽が女の子だということを意識しないようにしよう、意識すると妙な気持ちになってくるから。
そう思いながら俺は台所から持ってきたオレンジジュースと麦茶を洋室のテーブルに置く。
「ありがとう、聖太って案外優しいんだね」
「いつもお前の世話になってるからな。感謝の気持ちみたいなもんだ」
「感謝の気持ちがジュース一杯?」
「そんなこといってるとジュースを没収するぞ」
そういうと美羽は慌ててジュースのストローに口をつけて飲み始めた。
・・・嫌でも目線が美羽の唇の方へと向かってしまう。
ジュースで湿り気を帯びた唇・・・それを見て、何も抱かずにはいられない。
変な気持ちを紛らわすために俺は麦茶をがぶ飲みする。
「あ、そんなに慌てて飲むとむせるよ?」
美羽の忠告を無視して俺はがぶがぶと麦茶を飲む、休まずに飲む。
当たり前だが、むせた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
情けない、という前にこれじゃただの馬鹿だ。
「あー、だから言ったのに・・・」
そういいながら、美羽は俺の背中をさすってくれた。
「ゴホッ!・・・すまん、アホだな・・・今日の俺」
「『今日』じゃなくて、いつもでしょ?」
「五月蝿い、確かに否定こそしないが、そこまで単刀直入に言われるとこっちが困るぞ・・・」
言い終えたところで二階の母さんが掃除している部屋から声が聞こえる。
「美羽ちゃーん!お部屋の準備できましたよー」
母さんの声だ、しかもなんか猫撫で声で聞こえてきた、俺を呼ぶ時にはこんな声はださない。そんなに美羽がかわいいのだろうか?
俺はかわいくないのか?などとふいに思ってしまった。まあ母親なんてそんなもんだ。一緒に住んでると嫌でも『ウザく』なるモノは家族も同じか。
「聖太、私。部屋で荷物の整理してくるね」
「ああ、手伝おうか?」
「だめ。下着とかあるもん」
・・・そりゃだめだ。おとなしく諦めよう。少し惜しい気がするが。
そして美羽は二階の空き部屋へと荷物を持っていった。



「暇だ」
俺はさっきからずっと洋室でくつろいでいる。
TVのチャンネルをぐるぐる回し、良いのがやってないと判断して俺はソファーにふてねした。
天井を見上げる。電球の光が眩しい。
「暇だ」
そしてさっきと同じことを繰り返す。はっきし言って無駄な時間を過ごしてる気がした。
「暇だ」
ウザいくらい繰り返す、つまりそれぐらい暇なのだ。
二階からどたどたと荷物を整理する音が聞こえる。
そしてたまに美羽と母さんの会話が聞こえてきたりする。
「あら、美羽ちゃん、大胆な下着ねー、いいなあ、若いって」
「え、え、え! そ、そんなことないですよ。ほら、小母さんもまだ若いですし」
いや、それはない。断言しよう。
「私はもうおばさんよ。これでも昔はモテたんだからね。あ、それじゃ、後で一緒にお風呂でも入りながら私の武勇伝を聞かせてあげるわ」
本当かどうか怪しいモノだな。少なくとも俺は母さんからそんな武勇伝と言える物を聞いたことがない。父さんを口説いた言葉ぐらいしか覚えてないぞ。
「本当ですか! 参考にさせてもらいます」
参考にならないと俺は思う。それ以前に、それを誰に使うかが非常に気になるところだ。
そしてまた二階からガタっ! ゴトっ! と音が鳴り始める。
俺は深くため息を吐き。ソファーの上で目を閉じた。
今日は疲れたから寝なきゃやってられない。ただでさえこの後、美羽に対して精神を使うのだから。
時計の針は午後5時を指していた。
7時まで、寝よう。
それからは早かった。俺は退屈と暇の効果により、即効で眠りにつけたのだ。
「おーい。起きろー」
美羽の声だ。まだ寝ていたいので無視する。
「あ、意地でも起きない気だね? へー・・・・・・いいよ。せっかく小母さんと美味しいシチュー作ったのに。聖太にはあげない♪」
それはさすがにきつい・・・仕方なく、俺は目を覚ますことにした。
体を起こす。そして大きなあくびをした。それを見て美羽は、
「だ、だらしない・・・」
「学校での勉強とお前のおもりで精一杯だからな。こういう時ぐらい休ませてくれ」
「・・・もしかして、私ってとぉ〜〜〜っても邪魔?」
「ああ、とぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜っても邪魔だ」
もちろん冗談だが。でも美羽はそれをクソ真面目に本気にする。これだからこいつをからかうのは面白い。
「うぅ・・・そうなんだ。私・・・ごめんね」
めっちゃ暗い表情。ちょっと虐め過ぎた気がした。しかも素直に謝られるとこっちもリアクションに困る。せめて「なんだとコノヤロー!!てめぇ出てけ!!」くらいは言ってもらうとこっちも楽なんだが。
「ああ! 嘘だよ嘘! 信じるなそんなこと!お前はもう少し・・・考えろ。俺がお前を邪魔だと思うはずがないだろーが? 逆に世話になりっぱなしだろ」
世話になっているのは本当の話だ。
学校で教科書を忘れたときや、家庭科の授業で分からないところを教えてもらったり(内容のほとんどが分からないが)、先生に居残りをさせられている時、終わるまでずっと待っていてくれたり・・・とにかく色々世話になっていることは確かだ。
「え? そうなの。はぁ・・・よかった・・・」
キャッチセールスやマルチ商法にかかりやすそうな奴だと俺は思った。
「なぁそれより飯、まだか?」
そういうと美羽は、待ってました!と言わんばかりの笑顔で俺を台所へと招待してくれた。
台所には既にいい匂い、シチューの匂いが漂っていた。
家族は全員揃っていた。父さん母さん、そして新しい家族?美羽がここにいる。
「のぉ! なんだこのいつもと違う豪華さは!!」
テーブルに並べられた料理の凄さに俺は思わず大声を上げてしまった。ノリはオーバーリアクションの外人。
(ろ、ローストチキンまで・・・これはクリスマスしか食べない気がするが・・・。あ、しかも俺たち未成年なのに赤ワインまで用意してある)
そして父さんが俺に向かっていった。
「今日は美羽ちゃんの歓迎パーティーだ。新しい家族に乾杯!」
オヤジが、なに仕切ってんだよ。
普通の家族なら、こんなにノリはいくない。それどころか美羽が泊まることすら、両親は許してくれないだろう。
だが俺の両親は違う。基本的になんでもOKな家族なのだ。
何が起きてもすぐさま柔軟に対応し、全ていい方向へと先導してしまう。
よく言えば臨機応変。悪く言うと物事を深く考えずと言った感じの両親。
自分はこの両親の全てを理解できるとは思えない、というか理解したくない
。 「あ、ああ、乾杯・・・」
あまりのノリのよさに少しだけ置いてきぼりを食らった。
とりあえず赤ワインを注いであるグラス同士をかつんと当てた。
飲んでいいのか? 赤ワイン・・・。まあ良いか、俺のクラスじゃ7歳から飲んでるって凄い奴もいるしな。大人への第一歩だ。
「いただきまーす♪」
美羽が元気な声でいった。その元気な声に父さんは微笑んでいる。母さんなんかは「ふふ・・・若くていいわね」とか言っていたりする。
そういえば武勇伝の話はどうなったのだろうか? 本気で風呂で語り合ったのだろうか? 聞きたいが、妙な方向に話がそれると面倒なので聞かないでおく。
「母さん。美羽の部屋、片付いたの?
」 「ええ、もうばっちりよ! あんたの部屋より綺麗になったわ」
世話焼きが上手な母さんだと思った。なんで自分の息子の部屋を掃除してくれないのに、美羽の部屋はそんなノリノリで掃除してくれるのか? 俺に対してあんまりじゃないか?
そんなことを思いながら俺はシチューにスプーンをつけて一口、口の中に放り込んでみる。
口の中に甘いシチューの味が広がった。いつも母さんが作るシチューとは違う味だ。
そのシチューの味は、母さんの腕を優に超えていた。
美味すぎる、美羽が少し手を加えただけでここまで美味くなる物なのか?そもそも普通のシチューにしては美味すぎやしないか?
「・・・美羽、今回は隠し味。何か入れたか?」
「えへへ、よく分かったね。ちょっぴり特別な材料を・・・ね」
その材料が何かは分からない、おまけに本人に聞いても「秘密だから隠し味なんだよ」とかなんとかいって何を入れたかを教えてくれない。まあ食えればいいんだけどな。
ちなみに美羽が隠し味になにかを入れるのは今日が初めてじゃない。この前家庭科の調理実習の時も『何か』をカレー料理に入れて、めちゃめちゃ美味くしたことがあった。
本人はその隠し味は『愛情』だとかなんとか断言してるが、愛情だけで料理が美味くなるなら俺の家庭科の成績はパーフェクトだ。
その時は幸い、俺は美羽と同じ班だったので、その美味しいカレー料理を頂けたわけだ(更に言うと家庭科の成績も5だった)。もちろん他の男子から嫉妬の視線が浴びせられたが・・・
とにかく美味い。いうことなしの美味さだ。
「相変わらず、料理は異常なくらい上手いようだな」
「そうかな? なんか聖太に褒められるのって久しぶりだなぁ」
当たり前だ、幼馴染を褒めるなんて恥ずかしくてそう何度も出来るか!?
それでなくても最近は学校で美羽と一緒にいるだけで、「あの二人、できてるんじゃない?」とか色々と誤解される世の中だ。あまりベタベタしすぎるのもよろしくない。
「もっと褒めてよ」
「子供か! お前は、黙って食え」
こんな風に話していると、いつの間にか両親の目が穏やかな眼差しで、まるで「仲が良いわね」とでも言わんばかりに投げかけられている。
恥ずかしくなってさっさとシチューをたいらげた。
そしてローストチキンへと手を進める。だが。なんにせよ、でかい!
俺の目前にあるローストチキン、それは巨大な肉の塊ともいえる代物だった。
「・・・どこで買ってきたんだよ・・・こんなでかいの」
美羽があはは、と笑い。母さんが説明してくれた。
「実はね、アメリカにいる親戚のおばさんが送ってくれたのよ。三人じゃ食べきれないと思ってたんだけど、その時にちょうど、あなたたちが『同棲』するって言ってきたから」
母さんは、妙に『同棲』という言葉を強調した。やめて欲しい、俺はちゃんと『美羽が泊まりに来る』といったはずだ。同棲じゃない。ただ泊まりに来るだけだ。まあ似たような物だが、言い方が怪しまれる。
それにしても今日はよく誤解される日だと思う。そもそもは俺の大胆発言に責任があるのだが。
また深くため息を吐いて、俺はフォークとナイフを手に取った。
目の前にある肉片と戦いを始める。
・・・・・・勝てるかどうかは分からないが。



あの肉片(ローストチキン)を片付けるのに四人係で50分掛かった。
母さんと美羽は途中で音を上げて。結果的に最後までフォークとナイフを持ち続けたのは俺と父さんということになる。
勇敢に肉の塊と戦った俺と父さんは、食い終わった後に二人して洋室のソファーに倒れこんだ。
美羽と母さんは台所で後片付けをしている。けっこうな量の皿を洗っているのだろう。
俺は疲れたように父さんに言った。
「頼むから、美羽のことで変な誤解するなよ」
「ああ、分かった分かった、お前の未来のお嫁さんだ。大切にしてやれよ」
このオヤジはなにを言っているのか? 美羽と俺が結婚? そんなことはない。
まず最初につりあわない。顔も運動神経も成績も人気さえもあいつの方が上だし、それに家も金持ちだ。なんで俺と関係を持っているかといえば単にお隣同士だからとしかいえない。
美羽は優し過ぎるから、俺みたいな奴を捨てられないんだろう。本当は俺からさっさと離れて他のいい男と一緒にいたほうが楽しいはずだ。
そう・・・・・・啓太みたいな男と。
・・・今更になって、なんか懐かしい男を思い出してしまった。
葛城啓太(かつらぎけいた)・・・『元』幼馴染その2だ。
性格優しく。身長高い。それに金持ち。かなりの美形。とにかく完璧な少年、はっきし言って美羽より凄い幼馴染。なんで俺の幼馴染はみんな凄い奴ばかりなのか?
さすがに天才二人に囲まれていると頭が痛くなる。
いつも、俺に出来ないことが二人には出来る。子供のころ、三人の中で俺だけがなわとびで二重跳びが出来なかった。 二人が楽しそうに跳んでいる、俺は・・・見てるだけだ。
練習もした。
だけど、上手くなれなかった。
啓太と美羽は練習などしていない、ほとんど見よう見まねでやったら二人とも出来てしまったのだ。
なぜ、努力をしてる俺が跳べないのだろうか? 考えた。そしたら答えがでた。
俺だけが跳べないんじゃない、この二人が特別な人間だから跳べるんだ。
自分にはない、『天才』という生まれつきのモノを持った二人。自分はその間に挟まって生きている。
俺はその日から、やる気がなくなったような気がする。二人にはどうやっても追いつけないから。
無駄な努力と化してしまうから。
認めて欲しかっただけかもしれない。二人に、そして、美羽に。
そのころは、子供だから分からなかったけど。今思えば、悔しかっただけだ。自分が出来ないから、二人に嫉妬していただけだ。
嫌な思い出だ。もう思い出したくない。
啓太はいなくなった。中学を卒業した時に外国へ留学したから。
外国へ留学すると聞いて、俺は・・・影で喜んでいた。
別れも、惜しんじゃいない。さっさと目の前から消えて欲しかった。
理由は簡単、努力しても、啓太がいると無駄だと感じるから。
そんな俺を。悔しがる俺を、美羽は見ていたのかも知れない。それ以来、美羽は自分の卓越した『才能』をあまり表沙汰に俺の前で発揮することは滅多になくなった。
それが更に俺のプライドを傷つけていること。本人は知らない。



俺はソファーから起き上がった。嫌な思い出を思い出してしまったから、気分を晴らすために風呂でも入ろうと思った。
二階の自分の部屋に戻り、タンスを開けて服を取り出す。その作業の合間に、ドアがコンコン、とノックされた。
「誰?」
少し声が暗くなっていた、さっきの思い出のせいかも知れない。
「私だよ、美羽」
部屋に女の子を入れるのに戸惑いを少し感じたが、美羽に限って変なことにはならないだろう。
「ああ、入って良いよ」
ドアが開く、そして美羽が入って来て、俺の部屋を見回す。
「変わってないね」
「変える必要がないからな」
言ったことばに怒気が含まれていた。まだイライラしてるのかも知れない。
「・・・どうしたの? なんか変だよ」
心を見透かされる、やはり美羽は天才だ。なんでも分かってしまうのだろうか?隠す『努力』をしても無駄だと思ったので話してしまうことにする。
「思い出してた・・・啓太のことを」
「啓太くん?」
「そうだ・・・二重跳び。なんで俺だけ跳べなかったんだろうな?」
俺は苦い笑いを浮かべながら言った。思い出したら、泣きそうになってきた。
美羽は塞ぎ込んでしまった。下手な返事を返しても俺が傷つくだけだと分かっているのだろう。
しょせんは『才能』があるとないの違いだからだ。
でもそれで美羽にあたってもしょうがない。俺はいつもの表情を無理やり作り上げ、美羽に言う。
「それで、なんの用なんだ?」
「あ、え、えーとね。お風呂から出たら一緒にお外を散歩しに行こうよ」
「散歩? 俺が風呂からあがった時にはたぶん9時ぐらいになってるぞ、遅くないか?」
そういうと、美羽がガックシしたように、落ち込む。散歩ごときでここまで落ち込む女の子も珍しい。はっきし言って天然記念物級だ。
でもその申し出はちょうどよかったのかも知れない。今の暗い気分を晴らすには散歩が一番だ。
「ああ。良いぞ、少し遅くなるかもしれないから準備して待ってろ」
そういい、俺は部屋を出ようとした。美羽とすれ違う時に。か細い声で美羽が話し掛けてきた。
「ごめんね・・・私と啓太くんが原因で・・・辛いよね」
「気にするな。お前のせいじゃない」
言い残し、風呂場へと向かう。



風呂からあがった俺は、すぐに着替え、美羽の新しい部屋へと向かう。
「確かここだったな」
試しにノックしてみる。
こんこん、
「はーい、入って良いですよ」
・・・入ってみるか。
がちゃり、とドアが開く。当たり前だが部屋の中には美羽がいて、他には誰もいない。簡単に言っちゃえば、密室で二人きり状態だ。危ないにも程がある。
意外と整理されていた。家から持ってきたのだろうか? 謎の生物の人形まである。
「美羽?準備は出来てるか?」
ばっちりOK!といわんばかりにVサインをしてきた。散歩の何がそんなに楽しいのだろう?
「それじゃ、行くぞ」
俺は鍵と財布を持ち、美羽を呼ぶ。そして玄関に向かった。



蝉の声が辺り中に響いていた。夏の香りも少しする。今日は比較的に涼しいほうだ。
湯上りの散歩も悪くないと思った。俺は美羽と適当に散歩し、今は川辺周辺にいる。
あまり綺麗な川じゃないが、一応、星の光に照らされてなんとなく映えている。
あくまでもなんとなく、だからそれほどムードがあるわけではない。まあムードがあったとしても一緒にいる女の子が美羽な時点で意味がないが。
「なぁ、美羽」
「ん? なぁに」
俺と一緒にいて楽しいか? と聞きたかったが、やっぱりやめた。恥ずかしいから。
「いや、やっぱりなんでもない」
「えー、なにそれ。教えてよ」
「だめだ。教えない」
教えられない、というのが正しい。今日はこれ以上、大胆発言は増やしたくなかった。その行為が返って美羽の『知りたい』と言う心を刺激してしまったようだ。
「・・・それじゃ、諦めてあげるから私の質問に答えてよ」
「なんだよ?」
「私と一緒にいて、楽しい・・・かな?」
俺が聞きたいよ、それは。なんで俺がしようとした質問をお前がするかな?
少し。考えてみた。
一緒にいると・・・なんだろう? 俺、美羽のこと、好きなのかな?
分からないな・・・実感が沸かない。
『幼馴染』だからよく分からない。たまにウザいと感じる時もあるし、でも話さないと妙に寂しくなるんだよな。
「えーと、その質問にはお答えしかねるな」
「えー!なんでぇー!」
「分かんないんだよ、美羽のこと。自分がどう思ってるか」
矛盾してる、自分の心なんだから自分でわかれよ、って自分で突っ込みいれたくなってくる。
「・・・嫌い?」
泣きそうな表情で俺の顔を見てくる美羽。確かに顔は愛らしい。抱きしめたくなる系の顔だ。
しかもそこまできっぱりと嫌いか?と聞かれると・・・
「好きだぞ。うん。たぶん」
超、曖昧に言葉を濁す、俺は美羽に可哀相なことをしてる気がしてきた。素直に好きといってしまえばいいのだろうか?
川原での告白、しかも相手は幼馴染。シチュエイション的には完璧だが、よく考えると。
つまり、少しドブ臭い川で、しかも相手は潔癖症なのに掃除が下手な成績優秀運動神経抜群完璧美少女に、超やる気がなくて未だに過去の出来事でくよくよしてるだめだめ男が告白。という、真面目に考えるとアホらしくなるシチュエイションだ。 ここで告白するのは間違ってる気がしてきたので、とりあえず言葉を濁しておく。
「ほら、もうそろそろ帰るぞ」
ごまかした、美羽は不服そうな顔をしながら俺の歩く後をついてくる。素直な女の子だと思う。
男としてはもう少しわがまま言って欲しい。聞いてあげたいという気持ちもあるが、まあ素直なのも、この場合は助かる。
・・・マジで自分がわからなくなってくる。
そんな気持ちで、家に帰宅した。美羽は歩き疲れたらしい、すぐに部屋に戻って寝るようだ。
(・・・俺も、寝るか)
そして。眠りにつく。



空き地に一人の小さな少年がいた。その少年は、手になわとびを持って、必死に二重跳びの練習をしていた。
なんども、なんども、引っかかるが、その少年は、諦めずに練習を繰り返す。
やがて、その少年は、なわとびに足を引っ掛け、転んでしまった。
その少年の顔には、見覚えがあった。俺のアルバムに挟まっている写真に写っていた男の子。
この男の子、昔の俺だ。
俺は、夢を見ているのか?
転んだ少年は涙顔になりながらも、立ち上がり、また練習を始める。
「いつまで続けるんだ? 俺はこの夢の続き知っている、この後も、ずっとずっと跳べないことを。 無駄な努力は止めろ」 俺が夢の中で、そう叫んでも、少年はやめようとしない。
このころの俺は、意地っ張りだから。
負けず嫌いだったから。
決して諦めない。
少年は俺を無視して、続ける。
日が暮れ始める。なわとびも暗闇で見えなくなる。この状態でなわとびなどは出来やしない。
「もういい・・・諦めろ」
少年は、泣きながら、なわとびを握り締めている。そして、やめようとしない。
手はボロボロ、膝は転び過ぎて滲んでる。
それを見ていると。泣きたくなってくる。
なんでこんなにがんばるのか?
あの二人に。美羽と啓太に勝てるわけがないのに・・・



・・・それからしばらく、星空の下で少年の練習は続いた。
「なあ・・・もう、やめにしないか?」
問い掛ける、だが少年は、首を横に振る。そしてその少年は、俺に対して初めて言葉を口にした。
「俺は、負けないよ」と。
本当は、啓太や美羽が悪いわけじゃない。本当に悪いのは、俺自身、努力を忘れて、知らないうちに弱くなっていた自分自身だ。
顔が涙でくしゃくしゃになる。今、鏡を見たらきっと酷い顔だろう。美羽や啓太も笑うに違いない。
自分の弱さを『才能』のせいにしていた・・・俺は、卑怯者だ。
涙をしゃくりあげながら俺は少年にいった。
「そうか・・・なら・・・絶対に・・・負ける・・・・・・な・・・よ・・・」
夢の中で。流した涙。それは果たして本物なのだろうか?
懐かしい夢はあやふやになっていった・・・



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